私の中にある「アンチ」

私はいわゆる活動家であると思いますが、一方で心のなかには常に、と言っていいほど「アンチ」が存在しています。

 

もともと宗教2世ということが私の学会員としてのはじまりでしたので、学会に入会するかどうかで悩む余地はありませんでしたが、自分がこの信仰を自分のものとして貫いていくかどうかについては悩んだ時期が長かったように思います。だからこそなのかもしれませんが、自分で選んだ創価学会という信仰を貫いていくことについては、それなりのこだわりを持つようになりました。

 

それなりのこだわり、とは私が思い描く学会員としてのありようです。それは池田先生の振る舞いや人間革命などの書籍に触れるなかで、また、小さい頃から接してきた身近な学会員さんの姿を通して私自身のなかで段々と形づくられてきた、人としての模範的な振る舞い・生き方・姿です。

 

そのようなこだわりをもつようになった私にとって、先生のご指導と組織での打ち出しとの間にズレを感じたり、幹部の振る舞いにズレを感じることがしばしばあります。そのような時には必ずといっていいほど自分のなかに「アンチ」の心が生まれています。

 

それは、この打ち出しは先生のご指導、精神とズレているのではないか、この幹部の振る舞いは先生の言われる幹部像と大きくズレているのではないか、といった批判の心です。

 

私はこのような自分の中にある「アンチ」を必ずしも悪いものだとは思ってはいません。むしろ大事にするようにしています。理由は2つあって、一つはそれが自分の正直な気持ちだからです。自分の気持ちを否定したり、抑え込もうとしても自分が苦しくなるだけで良いことは何もありません。これは長年の経験によるところが大きいです(笑)。

 

もう一つの理由は、自分の中の「アンチ」を大事にすることで、自分は何に不満を感じているのか、何に疑問を感じているのか、何が嫌なのか。そして、なぜそう思うのかを丁寧に自分に確認することができるからです。

 

これは私にとっては難しく、つらい作業でもあります。それは詰まるところ自分と向き合う作業に他ならないからだと思います。

 

自分と向き合う方法は、誰かに話を聞いてもらう、先生のご指導や書籍を読む、聖教新聞(体験など)を読む、自分の気持ちを書き出してみる、など人によって選択肢は色々だと思います。

 

私はその時の気分、気持ちに応じてそれらの方法から選んでいるような気がします。そのうえで、最終的には御本尊の前に座ってお題目をあげるなかで自分の心を整理し前進の決意に変えていくことが私には労作業であり戦いなのです(汗)。

 

この労作業をやるなかで多くの場合に気付くことがあります。それは、自分の振る舞いも先生のご指導に照らし合わせてみればズレているところも少なくない、ということです。組織の打ち出しや幹部の振る舞いに感じていた「ズレ」は何も外にだけあるのではなく、自分のなかにも厳然とある、と。非常に残念なことに労作業を通してほとんどの場合ここに至るのです(涙)。

 

打ち出しや幹部がズレている!としておけば楽だったところを(笑)、わざわざ自分と向き合うという労作業を選んだことで、自分の中にあるまったく同じ「ズレ」に気付いてしまう訳ですが、この労作業を選ぶという行為そのものが私にとって「信仰」であり、学会員としての私の生き方である以上、避けて通るわけにはいかないのです。

 

結局のところ私のなかにある「アンチ」は、自分が「こうありたい」と思う姿を、他人には「こうあるべきだ」と求めてしまっていることで生まれているのかもしれません。これが私が正義中毒に陥る落とし穴なのかもです(汗)。

 

ともあれ私は、何も打ち出しや幹部のすべてを受け入れなければいけないとか、受け入れる努力をしているということを言いたいのではありません。修正すべきこと、改善すべきことは非常に多いと思っていますし、時代に即した変化は必須だと思っています。

 

それでもなお、だからこそ?なのかもしれませんが、「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」という人間革命の冒頭に書かれている主題は創価学会という大きな組織を変革するという意味においても同様だと私は理解しています。

 

誰かのせいにしたり誰かにもたれかかるのではなく、複雑な人間模様のなかで、まず自分自身の人間革命からはじめる。ここに創価学会の信仰の圧倒的な主体性を感じています。だからこそ私は自身の人間革命を通して学会をより良くしていきたいと願っています。

 

いずれにしても一介のただのオジサンにすぎない私にこんな大それたことを思わせる創価学会はすごいと思います(笑)。

 

長々と書きましたが、私はこれからも自分自身のために自分の中にある「アンチ」を大切にしていきたいと思っています。